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イタリア、フランス、ロシアそして世界へと、数百年の歳月をかけて発展したバレエの基本は、クラッシクバレエはもとよりモダンダンス、ジャズダンスなどあらゆる洋舞のジャンルで、最も優れた訓練法として広く認められています。 なかでも、戦前から戦後にかけてめざましい発展をとげたアメリカンバレエの訓練法は、ヨーロッパから伝った各派の伝統技法を統合し、より普遍的な体系を明らかにするとともに、身体の構造や運動能力を解剖学的に分析して、より速い動きや力強い跳躍など、時代が要求するいっそう豊かな表現を可能にしました。 その結果、伝統技術をしっかり身につけながらも、個性豊かで優秀なダンサーが数多く育成されました。 平櫛バレエスクールでは、アメリカンバレエの優れた理論と訓練法を導入し、幅広い個性とレベルに応じた指導を実践しています。 バレエのレッスンは、表面的な動きだけをまねて、それを何回も何回も繰り返すことではありません。自分の骨格や筋肉の機能を、頭で理解しながら身体で覚えていくことこそが最も重要なことです。 体の内側から、一つずつ積み上げていくこと、それがバレエのレッスンです。 |
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PHOTO:テス大阪
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平櫛バレエダンススクールの教師で構成される ヒラグシモダンダンスカンパニーは文化庁芸術祭参加公演で優秀賞を受賞するなど、その芸術性は高い評価をえており、また、バレエスクールの生徒とカンパニーの合同で発表されるオリジナル創作バレエの舞台は、毎年多くの方々に楽しんでいただいております。 カンパニー公演も含めその観客動員数は、創設以来、のべ50万人に達するほどです。 出演者、スタッフ、観客が、三位一体となって作り出される舞台という非日常空間には、何物にも代え難い感動があります。 |
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![]() 平櫛 安子 ![]() アンヌ・ヒラグシ |
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| 1937年 | 平櫛安子、東京、石井小浪舞台団に入団。 のち、石井漠門下となる。 |
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| 1942年 | 平櫛安子、郷里福山に帰り研究所を開設。 のち、広島・岡山・香川・高知・兵庫県下に約20の分教室を設置。 |
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| 1951年 | 平櫛バレエ団(現ヒラグシモダンダンスカンパニー)設立。 | |
| 1960年 | アンヌ・ヒラグシ、チャイコフスキー記念東京バレエ学校に入学。 | |
| 1962年 | 文部省芸術祭参加公演「源氏物語」 (東京厚生年金会館)。 |
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| 1966年 | 文部省芸術祭参加公演「耶馬台国の女王」 (東京都市センターホール) |
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| 1971年 | アンヌ・ヒラグシ、ニューヨーク留学。 マーサ・グラハムスクール並びにジュリアードスクールに入学。米政府奨学生となる。 |
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| 1973年 | 文化庁芸術祭参加公演「尼僧ヨアンナ」 (東京郵便貯金ホール) |
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| 1974年 | 「アンヌ・ヒラグシワンマンショー」 (東京VANホール) |
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| 1976年 | 文化庁芸術祭参加公演「六如」 (東京ヤクルトホール) 同公演において「芸術祭優秀賞」受賞。 芸団協より「特別新人賞」受賞。 |
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| 1977年 | アンヌ・ヒラグシ、文化庁在外研修員としてニューヨーク他へ国費留学。 | |
| 1979年 | 舞踊誌テス主催による帰国公演「いまだ光をはなたざるいとあまたの光りあり」 (東京三百人劇場) |
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| 1980年 | 文化庁助成「現代舞踊公演」 (福山市民会館)。 |
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| 1981年 | 文化庁芸術祭参加公演「輪廻」 (東京郵便貯金ホール)。 同公演において「芸術祭優秀賞」受賞。 |
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| 1987年 | 平櫛安子舞踊生活50周年記念公演「あさきゆめみし」(福山市民会館、倉敷市民会館)。 | |
| 1988年 | 平櫛安子、秋の叙勲において勲五等宝冠章を受章。 | |
| 1995年 | ふくやま芸術文化ホール リーデンローズ 開館記念公演”リーデンローズ バレエフェスティバル”において「ライフ」初演。 | |






